〇登場人物紹介

★黒島よしのぶ
いつも黒色ベースの服装に黒縁眼鏡を基本装備とした渋み溢れる人物。大学の先生らしく、近くのカフェでコーヒー片手に哲学書を読んでいることが多い。

碧山アカリ
趣味で哲学、文学、心理学といった人文書を読み漁っているお姉さん。黒髪セミロングに切れ目とクールな見た目だが、困っている人を見ると放っておけない性格。

川崎こうへい
アカリの隣の家に住む中学生。学校や両親との関係などなど年相応の悩みをもっており、アカリが良き相談相手になっている。

★藤山リカ
社会人一年目の新卒。やや神経質だったり社会人一年目であったりと、悩みが絶えない。カフェで偶然知り合った黒島先生によく相談ごとをもちかける。
★マークは今回のストーリーで登場する人物
〇働くことは、当たり前なのか?(ストーリー編)
藤山「はぁ…今何時…?」
時計の針は、夜の九時を回ったところ
藤山「ここ最近、まともに定時で帰れてない… しんどい…」
休日いつものカフェにて
黒島「目に隈ができていますが、ちゃんと休めてますか?」
藤山「それが繁忙期でして…あまり休めては、いないですね…」
黒島「そうでしたか… だからお疲れの様子で…ご苦労様です」
藤山「ありがとうございます…ほんと、なんで働いてるのか分からなくなってきますね…」
黒島「ふむ」
藤山「あ、働くのなんて当たり前なのに、こんなこと言うのダメですよね すみません」
黒島「いえいえ、そんなことはないですよ それに、「せっせと真面目に働くこと」がなにも当たり前のこととは、かぎりませんし」
藤山「そうなんですか!?」
黒島「えぇ 「働くことが当たり前」というのは、一つの思想・イデオロギーに過ぎません そのことを知るいいきっかけになる著作は、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』です」
藤山「・・・タイトル長すぎません?」
黒島「長いです(笑) なので界隈では、『プロ倫』と略すようにしています」
藤山「なんか略すと急に可愛いくなりますね この本は、働くことは当然のことじゃないって言ってるんですか?」
黒島「そうですね 今となっては、当然のこの価値観ですが、ヴェーバーは、「勤勉にせっせと働くぞ!」という感情なんて生まれつきあるわけじゃないといいます」
藤山「たしかに…」
黒島「ということは、何かしらのモノが「労働」というものを価値上げしているはずです その何かしらのモノが「プロテスタンティズムの倫理」だったとヴェーバーは、着目した というのが『プロ倫』の内容となります」
藤山「プロテスタンティズム…って、キリスト教のプロテスタント的な?」
黒島「えぇ、そのプロテスタントです キリスト教の一つの派閥たるプロテスタントの価値観が「働くことを善とする」今の考え方に少なからず影響を与えているのではないかということです」
藤山「でも、どうしてプロテスタントの考え方がそんな影響の与え方を?」
黒島「プロテスタントにおいては、「天職」という概念が重要になってくるのですが、この言葉は元々「仕事」と「神からの使命」という意味を含んだ言葉です」
藤山「現代でも普通に使う言葉なのに、キリスト教の言葉だったんですか!?」
黒島「実は、そうなんです プロテスタント、特にカルヴァン派の方は、救済の確信をえるために「天職」たる労働を重宝します」
藤山「それは、でもどうして?」
黒島「カルヴァン派の教義に「予定説」というものがあるのですが、これは、神は全知全能だから救済するべき人はもう予め決まっているという説でこれがポイントです」
藤山「つまり、自分が救われるかどうかは、もう既に決まっているということですか!?」
黒島「その通りです それゆえに、自分が救われる側であるか、どうかが気になって仕方ない状態になります そこで一役買うのが「労働」で、要は、仕事で成功したり順調に生活できていれば、「あ、俺は、救われる側だからうまくやれているんだ」という救済の確信をもつことができるようになります」
藤山「だから、「天職」が大事になる?」
黒島「まさに 「救済の確信」を得るべく皆がせっせと真面目に勤勉に働く この価値観が近代資本主義を形成するうえで少なからず影響があったんじゃないかというのがヴェーバーが考察していることなんです」

藤山「な、なるほど…」
黒島「今我々の生きている資本主義社会は、そのプロテスタント的な価値観がすっぽり抜け落ちた社会を生きているのでないかと彼は考えています」
勝利をとげた資本主義は、機械の基礎の上に立って以来、この〔天職や労働義務と言った宗教的価値観による〕支柱を必要しない。(中略)「天職義務」の思想はかつての宗教的信仰の亡霊として、われわれの生活の中を徘徊している。
マックス・ヴェーバー著 大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、岩波文庫、1989、365頁引用、〔〕は筆者
黒島「であるなら、「働くな」とまでは、言わないでしょうが「働くこと」については、どこか見つめ直す必要があるでしょう 少なくとも、「労働=善」で「働かないことは悪いこと」という価値観を鵜呑みにする必要は、ないです」
藤山「じゃあ、さっきの私のつぶやきも怠惰で悪いやつってことには、ならないわけですね」
黒島「もちろんです むしろ、私たちが何のために働いているのかを盲目的に従っていることの方が知的怠慢で怠惰です こういった疑問は、是非持ち続けてほしいですね」
以上
〇プチ解説
ヴェーバーの関心は、近代資本主義の発展と宗教の関係の分析です。なので、カトリックやプロテスタントに対する評価は、関係ありません。あくまでも、資料や文献に目を通した結果、近代資本主義の発展にプロテスタントが関係しているのでないかという点が考察対象であり、起業家や会社の上層部にプロテスタント的な色彩を感じるというのが『プロ倫』の考察スタート地点となりました。
参考文献
マックス・ヴェーバー著 大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、岩波文庫、1989
牧野雅彦『新書で名著をモノにする『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』』、光文社新書、2011
