人はなぜ死にたくないのか――不老不死を追い求めた世界史

  • URLをコピーしました!

もし、絶対に死ななくなる薬があったら、あなたはそれを飲みますか?

今からおよそ2200年前、中国を統一した秦の始皇帝は、不老不死の薬を求めていました。広大な帝国を支配した皇帝にも、意のままにならないものがあったのです。それが、自分自身の死でした。

ところが、日本の古典『竹取物語』には、まったく逆の選択をする帝が登場します。かぐや姫から不死の薬を贈られながら、それを飲まずに焼き捨ててしまうのです。

永遠の命を求めた皇帝と、永遠の命を拒んだ帝。二人の姿を比べると、ある疑問が浮かびます。人はなぜ死を恐れるのか。そして、死なずに生きられることは、本当に幸福なのか。

古代メソポタミアから現代の生命科学まで、不老不死をめぐる世界の歴史をたどってみましょう。

目次

親友の死が、英雄を旅に出させた――ギルガメシュ叙事詩

楔形文字で刻まれたギルガメシュ叙事詩第11書板の粘土板
『ギルガメシュ叙事詩』第11書板(紀元前7世紀、大英博物館蔵)。大洪水をめぐる物語が楔形文字で刻まれている。
画像:Wikimedia Commons(BabelStone/CC0)

不老不死を求める物語は、世界最古の文明のひとつ、メソポタミアにまでさかのぼります。その代表が『ギルガメシュ叙事詩』です。物語の原型となる伝承は約4000年前に生まれ、長い年月をかけて書き継がれました。主人公のギルガメシュが実在の王だったかどうかは、はっきりしていません。

物語のギルガメシュは、都市ウルクを治める強大な王でした。親友エンキドゥとともに数々の冒険を成し遂げますが、あるときエンキドゥが死んでしまいます。

王は深く悲しみ、やがて気づきます。親友が死んだのなら、自分もいつか死ぬのだ、と。

この恐怖に突き動かされたギルガメシュは、不死の秘密を探す旅に出ます。目指したのは、大洪水を生き延び、神々から永遠の命を与えられたウトナピシュティムのもとでした。しかし、彼と同じように不死になることはできません。ようやく手にした若返りの植物も、帰り道で蛇に奪われてしまいます。

武力も権力も、死には通用しない。そんな事実に気づいた英雄の姿には、時代を超えて通じるものがあります。彼を不死の探索に駆り立てたのは、何よりも大切な人を失った経験だったのです。

※ギルガメッシュ叙事詩についてはこちらをご覧ください。

死を終わりにしないために――古代エジプトのミイラ

古代エジプトの死者の書のパピルスに描かれた神々と文字
神官イムホテプの『死者の書』(紀元前332~200年頃、メトロポリタン美術館蔵)。死後の旅を助ける文言と図像が記された。
画像:Wikimedia Commons(The Met/CC0)

古代エジプトの人々は、死への恐れに別の方法で向き合いました。それが、死後の世界で生き続けるための準備です。

ミイラがつくられたのも、単に遺体を長く保存するためではありません。古代エジプトの死生観では、人間の存在には肉体のほかに「カー」や「バー」と呼ばれる要素があり、死後の生を保つうえで遺体の保存が大切だと考えられました。

墓に納められた『死者の書』も、その願いを物語っています。死者がさまざまな難関を越え、再生と永遠の生命を得るための呪文や祈りが記された文書です。ちなみに「死者の書」は近代に定着した呼び名で、古代エジプトでは「日のもとに現れるための書」という意味の名で知られていました。

ギルガメシュが死そのものを避けようとしたのに対し、古代エジプトでは、死を通り抜けた先に新しい生を見いだそうとしたのです。

長生きすることより、輪廻を超えること――インドの不死思想

古代インドの神話にも、不死の薬が登場します。「アムリタ」と呼ばれる霊薬です。神々とアスラが協力して乳の海をかき混ぜ、そこから生まれたアムリタをめぐって争う「乳海攪拌」の物語は、特によく知られています。

一方、インドの哲学的な伝統には、薬とはまったく異なる形で不死を考える思想も生まれました。ウパニシャッドなどで深く問われたのは、生と死を繰り返す「輪廻」と、そこからの解放です。

輪廻を前提とするなら、死んでも再び生まれることが、必ずしも望ましいとは限りません。繰り返される生死から解き放たれる「解脱(モークシャ)」こそが、大きな目標になり得ます。

同じ「死を超える」という願いでも、命をどこまでも延ばしたいという考えと、生死の繰り返しから自由になりたいという考えでは、目指すものが違います。インドの思想には、その両方が見られるのです。

不死の薬を探した皇帝――中国の始皇帝

秦始皇帝陵の兵馬俑が並ぶ一号坑
秦始皇帝陵の兵馬俑一号坑(中国・西安)。皇帝の墓を守るためにつくられたとされる。
画像:Wikimedia Commons(Renek78/CC0)

紀元前221年、秦の始皇帝は中国を統一しました。文字や度量衡の統一を進めたこの皇帝は、その一方で永遠の命を手に入れる方法を探していました。

当時の中国には、俗世を離れて特別な力を身につけ、長寿や不死を得る「仙人」への信仰がありました。司馬遷の『史記』には、始皇帝が方士たちに仙人や不死の薬を探させたことが記されています。海を渡って仙境へ向かったとされる徐福の話も、その一つです。

その後、中国では鉱物などを配合して霊薬をつくろうとする錬丹術が発達します。水銀や鉛など、現代では人体への有害性が知られている物質も材料に使われました。こうした錬丹術が体系化されるのは、主に漢代以降のことです。始皇帝の探索と、後世に発達した技術をまったく同じものと考えることはできません。

不老長寿のための薬が、かえって健康を損なう。後世の中国には、そんな皮肉な事例も見られます。ただし、始皇帝本人の死因は確定しておらず、水銀中毒で亡くなったと断定することはできません。

国を統一し、巨大な陵墓を築いた皇帝も、自らの寿命だけは統一できなかったのです。

死なないのに、老いていく――古代ギリシャのティトノス

では、不死の薬が本当に見つかったら、人は幸福になれるのでしょうか。古代ギリシャには、この問いに不気味な答えを返す神話があります。

暁の女神エオスは、美しい青年ティトノスを愛し、いつまでもそばに置いておこうと考えました。そこで最高神ゼウスに、ティトノスを不死にしてほしいと願います。願いは聞き入れられました。

しかし、エオスは肝心なことを頼み忘れていたのです。若さを保つことでした。

ティトノスは死ななくなりましたが、老いは止まりません。髪は白くなり、身体は衰え、やがて手足を動かすことさえできなくなります。それでも死ぬことはなく、閉ざされた部屋から声だけが響き続けます。古代の『アフロディテ讃歌』が語る、あまりにも痛ましい結末です。

この物語には、思いがけない落とし穴があります。「不死」は「不老」と同じではない。

死なずにすむことと、元気に生きられること。その二つは、似ているようで違います。ティトノスが得た永遠の時間は、祝福であると同時に、終わることのない苦しみでもありました。

祈りと実験で永遠を求めた人々――宗教と錬金術

錬金術師が器具を使って作業する歴史的な絵画
《錬金術師》(ピーテル・ブリューゲル〈父〉の作品に基づく絵画、制作年代不詳)。
画像:Wikimedia Commons(Wellcome Collection/CC BY 4.0)

死を超えようとする願いは、宗教の世界でも受け継がれます。キリスト教が説く復活と永遠の生命は、この世の身体をそのまま老いさせずに保つという意味ではありません。死を超えた生命を、神との関係のなかで考える教えです。

その一方で、物質を変化させることによって人間の身体も変えられないかと考える人々がいました。錬金術師たちです。

錬金術は、金属を黄金に変える試みとして知られています。しかし、関心の対象はそれだけではありませんでした。病を治し、衰えを防ぎ、生命を延ばす霊薬への期待もありました。

この知識の歴史は、ヨーロッパだけで完結しません。ヘレニズム期のエジプトなどに育まれた錬金術の伝統は、アラビア語圏で研究と発展を重ね、中世のラテン世界にも伝えられました。今日の「エリクシール」という言葉にも、アラビア語に由来する歴史が残っています。

もちろん、賢者の石も生命の霊薬も、人間の不死を実現したわけではありません。それでも、生命を物質の働きから理解しようとした試みは、やがて医学や化学の歴史とも接点を持つことになります。

不死の薬を焼き捨てた帝――『竹取物語』

17世紀後半の竹取物語絵入本に描かれた、貴族たちと竹取の翁の屋敷の場面
『竹取物語』絵入本の挿絵(17世紀後半、メトロポリタン美術館蔵)。
画像:The Met(パブリックドメイン)

ここまで見てきたのは、永遠の命を得ようとする人々の姿でした。ところが日本には、手に入れた不死の薬を、あえて手放す物語があります。

平安時代に成立したとされる『竹取物語』。月へ帰るかぐや姫は、別れに際して、帝に手紙と不死の薬を残します。帝はその手紙を読み、深く悲しみました。そして、こんな歌を詠みます。

あふことも なみだにうかぶ 我が身には
死なぬ薬も 何にかはせむ

もう会うこともできず、涙に沈むこの身にとって、死なない薬など何の役に立つのだろうか――。

帝は不死の薬と手紙を、天に近いという駿河の山の頂で焼かせます。物語では、この山が「ふじの山」と呼ばれるようになった由来も語られます。もちろん、実際の富士山の語源がこの出来事にあると証明されているわけではありません。

始皇帝は不死の薬を求め、『竹取物語』の帝は不死の薬を拒みました。歴史上の人物と物語の登場人物を、そのまま比較することはできません。それでも、二人の選択の対照は鮮やかです。

愛する人のいない世界で、永遠に生きることに、どれほどの意味があるのか。

この問いには、1000年以上を経た今でも簡単な答えがありません。

8.科学は、老いと死をなくせるのか

現代の研究室では、永遠の命を求める試みが、これまでとは違う言葉で語られています。「老化」の研究です。

私たちの身体では、年齢を重ねるにつれて、増殖を停止した「老化細胞」が蓄積することがあります。こうした細胞の一部は、周囲の組織に炎症を引き起こす物質を出し、健康な働きを妨げる可能性があります。

そこで注目されているのが、老化細胞を標的として取り除こうとする「セノリティクス」と呼ばれる研究です。動物実験では有望な結果が報告されていますが、人間の老化を確実に遅らせる治療として、有効性が確立されたわけではありません。現在も研究が続いています。

そもそも老化を遅らせることと、不老不死を実現することは別問題です。仮に老化を大きく抑えられたとしても、事故や病気など、命を失う原因がすべて消えるわけではありません。

そこで現代の老化研究では、寿命の長さとともに、元気に暮らせる期間、すなわち「健康寿命(ヘルススパン)」を延ばすことが重視されています。

古代ギリシャのティトノスが教えてくれた、不死と不老の違い。科学が進歩した現在も、その問いは形を変えて生き続けているのです。

おわりに――永遠に生きることは、幸福なのか

ギルガメシュが親友を失い、不死の秘密を探す旅に出てから、長い時間が過ぎました。その間、人間はミイラをつくり、神々に祈り、霊薬を探し、錬金術を試み、ついには細胞の内部を調べるようになりました。

けれども、「長く生きられること」と「生きる意味があること」は、必ずしも同じではありません。『竹取物語』の帝は、死ぬことよりも、もう会えない人を思う悲しみの方を選びました。

もちろん、終わりのない時間を手に入れれば、これまで諦めていた夢をかなえられるかもしれません。何百年でも学び、旅をし、世界が変わっていく様子を見届けることもできるでしょう。

では、明日、本当に不老不死の薬が完成したとしたら。

あなたは、それを飲みたいと思いますか。


出典・参考資料

出典一覧を開く(9件)

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次