物語でサクッと ジークムント・フロイト「喪とメランコリー」#6 

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〇登場人物紹介 

黒島よしのぶ  

いつも黒色ベースの服装に黒縁眼鏡を基本装備とした渋み溢れる人物。大学の先生らしく、近くのカフェでコーヒー片手に哲学書を読んでいることが多い。  

★碧山アカリ  

趣味で哲学、文学、心理学といった人文書を読み漁っているお姉さん。黒髪セミロングに切れ目とクールな見た目だが、困っている人を見ると放っておけない性格。  

★川崎こうへい  

アカリのお隣の家に住む中学生。学校や両親との関係などなど年相応の悩みをもっており、アカリが良き相談相手になっている。

 

藤山リカ  

社会人一年目の新卒。やや神経質だったり社会人一年目であったりと、悩みが絶えない。カフェで偶然知り合った黒島先生によく相談ごとをもちかける 

★マークは今回のストーリーで登場する人物 

 

〇大切なものを喪失したとき(ストーリー編) 

数年大切に育ててきた金魚が死んでしまった川崎こうへいは、供養してあげるべく庭の土に埋葬をしている 

川崎「結構ショックが大きいものだね…」 

碧山「上手く育てて、数年一緒に居たんだからそりゃそうよ」 

落ち込んでる川崎に気をかけて碧山アカリが付きそう 

碧山「しばらくは、喪に服してゆっくりしときなさい」 

川崎「…喪に服すって人以外にも使う言葉なの?(苦笑)」 

碧山「大事なものを喪失したら、それが人じゃなくても勝手に喪の状態になるわ」 

川崎「それも、アカリ姉ちゃんが普段読んでる本の教え?」 

碧山「そうね、フロイトが「喪とメランコリー」で言っていることと似てるかしら フロイトは、それが愛する人に匹敵するものであれば祖国、自由、理想などの喪失でも、対象を問わず喪の状態になるって言ってるわ」 

川崎「そうなんだ じゃあ、金魚でもやっぱり大切な存在だったから、喪の状態になっても不思議じゃないね」 

碧山「そういうことね」 

川崎「ところで、僕も知らずに使っちゃったけど、「喪の状態」ってなに?」 

碧山「別に話してもいいけど、落ち込んでるなら無理に聞かなくてもいいのよ?」 

川崎「大丈夫 話してる方が気が楽だし」 

碧山「じゃあ、お茶でも飲みながらゆっくりお喋りしましょうか」 

川崎「ありがと!」 

碧山「まず、タイトルの「喪とメランコリー」について話した方がいいわね このメランコリーは、現代でいうところの鬱病を指しているわ」 

川崎「じゃあ、これって鬱病の話なの?」 

碧山「主題はそうなるわね この本の目的は、喪の状態との比較を通じて鬱病を理解するってことなの」 

川崎「そうなんだ でも何で鬱病を理解するのに喪の状態と比較するの?」 

碧山「症状がよく似ているからよ 大雑把な言い方だけど、どっちも落ち込んでいるという点は共通しているでしょ?」 

川崎「あー! じゃあ、比較のために鬱病と喪の両方について書かれてあるわけだ」 

碧山「その通り 具体的に少し見てみると鬱病の特徴は①「深刻な苦痛に貫かれた不機嫌さ」 ②「外界への関心の喪失」③ 「愛する能力の喪失」 ④「あらゆる行動の抑止と自己感情の低下」と四つ紹介されてるわ」 

川崎「たしかにこんな感じのイメージだね」 

碧山「そして、喪の状態との共通点がこの①から③で、逆に、鬱病と喪の大きな違いは四つ目に上げた「自己感情の低下」ね これは「自己軽蔑」ともいわれるもので、要は自分で自分を異常なまでに攻め立てることよ」 

川崎「あー、そうかも! ①~③は今の自分にあてはまりそうな感じはするけど、④の自己軽蔑みたいな感情はないね」 

碧山「一応注意点だけど、ここでのフロイトの主張は現代科学や現代医療の考えとは、異なる部分があるかもしれないわ 私はその分野はあまり明るくないから、あくまでも哲学・思想的な主張として捉えているわ」 

川崎「数百年たてば、いろいろ変わることだらけだもんね」 

碧山「話を戻して再確認だけど、この喪の状態も鬱病も、何か大切なものを喪失してしまったという共通点があるわね これはフロイト的にどういうことかというと、これまでその対象に向けていたエネルギーが行き場を無くしてしまったという事態を指すわ」 

川崎「エネルギーの行き場がなくなった… ってことは、何か愛着のあるものに対して僕たちは何らかのエネルギーを向けているってフロイトは考えてるの?」 

碧山「まさにその通りよ このエネルギーのことをフロイトは「リビドー」と呼ぶんだけど、リビドーが行き場を無くしてしまったというこの事態が苦痛を引き起こすの だから、他に行き先を変えてやるか、これが無くなるまで待つしかないわけね」 

川崎「他に行き先を変えるっていうのは、どういうこと?」 

碧山「喪失したものの代わりになるようなものを持ってきて、それにエネルギーを方向転換するってこと 例えば、金魚の代わりにメダカを次は飼ってみるとかがそれにあたるわ」 

川崎「あー… でも今はメダカを飼う気分にはなれないかな(汗)」 

碧山「それは何も不思議なことじゃないわ さっきも言った喪の特徴の一つ、「愛する能力の喪失」は、まさにそれよ だから、喪の状態になったら、方向転換じゃなく、対象に向けていたエネルギーがある程度消費されるのを待つ必要があるの」 

川崎「じゃあ、喪の状態っていうのは、行き場のなくなったエネルギーを消費している状態なんだね なんだか、好きだったものを忘れようとしてるみたいで抵抗感じちゃうかも…」 

碧山「えぇ、フロイトもその点を指摘しているわ だけど、それは現実を徐々に受け入れるための大事な作業なの だから、何も悪いものじゃないわ」 

正常な状態とは、現実を尊重する態度を維持することである。

フロイト著 中山元訳『人はなぜ戦争をするのか』、光文社古典新訳文庫、2020、104頁引用

碧山「フロイトもこう言ってるわ だから、気持ちに落ち着きが出来てきたり、新しいペットを飼おうか考えだしても、あなたは別に薄情な人間ってわけじゃない 現実を受け入れだしたという意味でこれは大切なことよ」 

川崎「ありがと、なんだかんだで慰めてもらう形になっちゃたね(笑)」 

碧山「年長者の務めよ、気にしないで」 

川崎「難しい本を日頃から読んでると、そういうのが学べていいね」 

碧山「この「喪とメランコリー」は、短めのフロイトの論文で、光文社から出ている『人はなぜ戦争をするのか』に収録されているわ これが一番入手しやすいわね」 

川崎「「人はなぜ戦争をするのか」…これも気になるね!」 

碧山「…あんた、「外界への関心」は相変わらずね(笑) まぁさっきも言ったように悪いことじゃないわ こっちの内容も面白いからまた今度話してあげるわ」 

川崎「ほんとだ(笑) うん、楽しみにしてるね!」 

〈つづく〉 

〇プチ解説 

フロイトを読む上でいくつか重要なキーワードがありますが、今回出てきた「リビドー」もその一つです。ここでは単純にエネルギーという意味合いで使用しまたが、もう少し厳密にいうなら、「飢餓」とよく似たもので、性欲動(=何かを強く求めること)が発現する際の力」を指します。「喪とメランコリー」は、このリビドーの観点から鬱病を理解するというのが目的で書かれています。 

参考文献 

フロイト著 中山元訳『人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス』、光文社古典新訳文庫、2020 

フロイト著 須藤訓任 他共訳『精神分析入門講義』(下)、岩波文庫、2023 

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