登場人物紹介
★マークは今回のストーリーで登場する人物
★黒島よしのぶ
いつも黒色ベースの服装に黒縁眼鏡を基本装備とした渋み溢れる人物。大学の先生らしく、近くのカフェでコーヒー片手に哲学書を読んでいることが多い。
碧山アカリ
趣味で哲学、文学、心理学といった人文書を読み漁っているお姉さん。黒髪セミロングに切れ目とクールな見た目だが、困っている人を見ると放っておけない性格。
川崎こうへい
アカリのお隣の家に住む中学生。学校や両親との関係などなど年相応の悩みをもっており、アカリが良き相談相手になっている。
★藤山リカ
社会人一年目の新卒。やや神経質だったり社会人一年目であったりと、悩みが絶えない。カフェで偶然知り合った黒島先生によく相談ごとをもちかける。
〇不平等への悩み(ストーリー編)
藤山「はぁー…またミスしちゃった…なんで私ちゃんと仕事ができないんだろう…」
藤山(同期の子はミスどころか、どんどん成長していって、上司にいつも褒められてるのに…)
藤山「私ももう少し頭の要領が良く生まれてたらなー…世の中不平等過ぎでしょ…」
そう呟き落ち込んで食欲がないリカは、軽食で済ませることができそうなカフェで昼食をとることにする
店員「いらっしゃいませー、お好きな席へどうぞー」
(うわ、大学生でいっぱいじゃん!とりあえず、カウンターが一席だけ空いてるし、あそこにしよっと)
店員「おまたせ致しました、ブレンドコーヒーでございます」
黒島「ありがとうございます」
リカの隣の席にコーヒーが運ばれる
藤山(隣の人、ブラックコーヒー片手に読書てかっこいいな~ 私もそんなかっこいいことやってみたいけど…、でも本とか漫画ぐらいしか読めないし…コーヒー片手に活字の本が読める大人になりたかったなー…)
そんな風に考えてると、また才能の不平等さに悲観する
藤山(隣の人どんな本読んでるんだろう?)
チラッと横目で本のタイトルを覗きに行く
藤山「ふびょうどう?」
黒島「ん?」
藤山(しまった、声に出しちゃった!私のバカ!)
藤山「あ、ごめんなさい!ついどんな本か気になってしまいまして、そしたらちょうど不平等って言葉があって、あー、えーと、そのっっ!」
黒島「あぁ、気にしなくて大丈夫ですよ 私も近くの人が本読んでたら、タイトルとか気になる性分ですので」
藤山「すみません…」
黒島「いえいえ ところで「ちょうど不平等」っていうのは?」
藤山「あー、えーと実は、さっきまで世の中不平等だなーとか考えてたりしてて…」
黒島「ほう なんでまた、そんなことを?」
藤山「ん~、簡単に言いますと、私いま新卒なんですけど全然仕事できなくて 他の同期の子はできてるし上司にも褒められてるのに私だけできない、、、そう考えると才能の差って残酷というか不平等というか、そんなこと思ったりしてたんです…」
黒島「なるほど、いきなり突っ込んだこと聞いてしまいましたね 申し訳ない」
藤山「いえ、私の方こそ!……… その本を読むと私のこの悩みは解決しますか?」
と言いながら卓上に置かれた『人間不平等起源論』に視線を送る
黒島「解決するかは分からないですけど、どうしてそんな不平等が発生したのかっていう根源は知れるかもしれないですよ」
藤山「え、そんな凄いことが書いてあるんですか!?」
黒島「興味ありますか?」
藤山「そこそこあります!」
黒島「じゃあ、この本で書かれてある内容について少しお話してみますか」
藤山「ぜひお願いします!」
黒島「まず『人間不平等起源論』は、1755年にルソーという人が書いた哲学書です」
藤山「聞いたことのある名前ですけど、哲学書!? 難しそう…」
黒島「ここでは頑張って分かりやすく説明しますね この本の目的はタイトルどおり「不平等」というものがどうやって生じたのかということを考察していく内容になっています」
藤山「なるほど、それで起源論ということですか」
黒島「その通りです そして、不平等発生の一つの要因として、他人との結びつきが本書で挙げられています」
藤山「他人との結びつきが不平等を発生させたということですか?」
黒島「はい ただより正確には、「他人との結びつきによって、尊敬を得たいという感情」が不平等をもたらしたといっています 例えば「他の人より仕事ができるようになって他人からの尊敬を集めたい」といった感情です これによって、あの人はデキる人・あの人はデキない人、といった区分けが生じ、結果的に不平等が発生してしまったというわけですね」
藤山「ん?ということは、デキる人・デキない人という不平等が無かった時期もあったんですか?」
黒島「あったとルソーは想定しており、その時期の状態のことを「自然状態」と呼びます。 原始人の時期を思い浮かべてもらえるとわかりやすいと思います」
藤山「では、自然状態の頃の人間は、他人との結びつきはなかった?」
黒島「結びつきと呼べるような強固な人間関係はなかったとのことです というのも原初の人間は、食と寝床さえ満たされていればそれで満足で、社会はもちろんのこと、他人をそこまで必要とすることがなかったわけです」
藤山「な、なるほど… じゃあ、私が不平等で嘆いているのは、社会や他人との結びつきのせいってことになるんですかね?」
黒島「本書に即すと、そのような言い方になると思います」
藤山「oh… 私、どうしたらいいんでしょうか? 無人島に行くわけにもいかないですし…」
黒島「ルソーは本書でこのようなことも言っています」
完璧な幸福を味わうためには、幸福であることに満足する術を学ぶだけでよいのです
ルソー著 中山元訳『人間不平等起源論』,光文社古典新訳文庫,2021,十九頁引用
黒島「その同期の子と自分を比較したり、他の社員さんから優秀だと思われたい、そう思ってばかりいると不平等の苦しみからは逃れられないかもしれません そうではなく、自分は今その仕事が幸福であるか、幸福でないか、そこを見極めにいくのが大事なところなのではないでしょうか?」
藤山「!!! なるほど、他人を意識してしまうから不平等に苦しんでしまう! 言われてみると確かにそうかもしれません!」
黒島「他人のことを完全に意識せずに生きることは、難しいかもしれませんが、ふとした時に、ルソーの今の言葉を知っておくと役立つかもしれませんね」
藤山「ありがとうございます!まるで先生みたいですね!」
黒島「えぇ、いちおう先生やってますから(笑)」
藤山「へ?」
黒島「申し遅れました、そこの大学で哲学の先生をやっています、黒島よしのぶと申します」
藤山「えー!本当に先生だったんですか!?」
黒島「はい、いちおう(笑) ところで、少々長話になってしまいましたがお時間は大丈夫ですか?」
藤山「!?やばい、ギリギリ間に合う! 先生ありがとうございました! またここくるんで、またお話聞かせてください!!!」
黒島「私でよければ是非とも」
〈つづく〉
〇プチ解説
ルソー『人間不平等起源論』は、1755年に出版されたルソーの主著の一つです。主に人間の不平等の発生に関する本で、社会が成立するはるか以前の状態と社会成立後の状態を比較する方法を取って考察していきます。不平等の原因に、社会の成立が相関していると考えるルソーは、それを前提に政治哲学の名著である『社会契約論』を執筆します。
参考文献
ルソー著 中山元訳『人間不平等起源論』、光文社古典新薬文庫、2021
坂倉裕治著『〈期待という病〉はいかにして不幸を招くのか』、現代書館、2018