物語でサクッと マルティン・ハイデッガー『存在と時間』#8

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〇登場人物紹介  

★マークは今回のストーリーで登場する人物 

黒島よしのぶ  

いつも黒色ベースの服装に黒縁眼鏡を基本装備とした渋み溢れる人物。大学の先生らしく、近くのカフェでコーヒー片手に哲学書を読んでいることが多い。  

 

★碧山アカリ  

趣味で哲学、文学、心理学といった人文書を読み漁っているお姉さん。黒髪セミロングに切れ目とクールな見た目だが、困っている人を見ると放っておけない性格。  

 

★川崎こうへい  

アカリのお隣の家に住む中学生。学校や両親との関係などなど年相応の悩みをもっており、アカリが良き相談相手になっている。  

 

藤山リカ  

社会人一年目の新卒。やや神経質だったり社会人一年目であったりと、悩みが絶えない。カフェで偶然知り合った黒島先生によく相談ごとをもちかける。  

 

 

〇自分を見失わない為の思想(ストーリー編) 

川崎の学校のホームルームにて

先生「三月に入ったということで、今年度も終わり目前だ!だから、次年度の目標や抱負を皆には考えてもらう!」

川崎「(次年度の目標か~、なににしよう)」

先生「ちなみに先生は、「明日死ぬかのようにして生きる!」にしようと思う!カッコいいだろ!」

川崎「(なんか熱い抱負だな~)」

先生「なにやらハイデガーっていう倫理の教科書にも出てくる凄い人も同じことを言ってるみたいだ!皆もいい感じの抱負を考えてくるんだぞ!これを週末の宿題として、今日のホームルームは終わりにする!」

放課後・・・

川崎「(ハイデガーって確か哲学者だっけ?あかり姉ちゃんの本棚に確かいたような…詳しく聞いてみよっと!ついでに僕もハイデガーの台詞からカッコいい抱負をいただくとしよう!)」

そう思って週末にアカリの宅へお邪魔する

川崎「アカリ姉ちゃんの家の本棚にハイデガーっている?」

碧山「一応いるわよ~ 『存在と時間』しかいないけど」

川崎「「明日死ぬかのようにして生きろ」ってカッコいいこと言ってる哲学者だよね!」

碧山「言ってない」

川崎「次年度の抱負を宿題で考えなくちゃいけなくて、僕もそんな感じのカッコいい名言を―……え?」

碧山「ハイデガーは「明日死ぬかのようにして生きろ」なんて言ってないわ」

川崎「え…マジ?」

碧山「マジよ いったい誰からそれ聞いたの?」

川崎「学校の先生だけど…」

碧山「なるほどね、まぁよくある勘違いだから先生は別に悪くないわ 私もそう勘違いしてた時あったし」

川崎「そ、そうなんだ…じゃあ、間違いなんだ…」

碧山「そうねー、ハイデガーが厳密に言っているのは、「今死ぬかもしれないと自覚して生きろ」なのよ」

川崎「あ、じゃあ近いことは言ってるんだ!? 「明日」じゃなくて「今」…」

碧山「えぇ、ハイデガーは、生まれたその瞬間から人間はいつ死んでも不思議ではない存在だって言ってるの だから、「明日死ぬかもしれない」って言ってる人がいたとしたら、ハイデガーは確実に「どうして「明日」なんだ、今この瞬間に事故や災害で死ぬ可能性は大いにあるぞ」と言ってくるわね」

川崎「な、なんか気が滅入りそうな発言だねそれ…ずっと今死ぬかもなんて考えたくないよ…」

碧山「だからひとは、「死ぬこと」について基本目を逸らして過ごしてるのよ そして「今はまだ死なない」って認識がずっと続き、さも時間が無限にあるかのような錯覚に陥るわ」

川崎「(ギクッ)」

碧山「その結果、自分が本当に打ち込みたいことなどを後回しにして、自己喪失的に生きていくことになってしまうって寸法ね」

川崎「それも確かに… じゃあ、ハイデガーの言ってるこの死の考えは、自己喪失をしないための考えなの?」

碧山「まさにそのとおり 『存在と時間』では、このように書いてあるわ」

先駆することで現存在に(中略)自己喪失していることをあらわにする。

ハイデガー著 中山元訳『存在と時間』光文社古典新訳文庫6巻(2019)137頁引用

碧山「この「先駆」って言葉が「今死ぬかもしれないことの自覚」を指す用語で、「現存在」って言葉は、「人間」のことね だから、「今死ぬかもしれないことの自覚(先駆)が、今まで自分が自己喪失していたことに気づかせてくれる」こういった一文ね」

川崎「「今死ぬかもしれない」ことの自覚をもてるから、自分にとって大事なことを優先的にちゃんとやっていくようになるわけだ! でもなんか呪文みたいな一文だね…」

碧山「これでも光文社出版の中山さん訳は分かりやすい方よ 他の出版社の訳はもう少し言葉の難易度が上がってくるわ」

川崎「そ、そうなんだ… でも8巻分もこんな文章が続くなんて、苦行だよ」

碧山「光文社古典新訳文庫の『存在と時間』の各巻の半分は、訳者解説なのよ だから例えば、ちくま学芸文庫だと文字が小さくて見えにくいけど、上下巻で終わるし、岩波文庫は全四巻構成よ」

川崎「えー!!!出版社によってそんなに変わるの!?」

碧山「めちゃくちゃ変わるわね どの古典的な著作を買うにしろ、出版社選びはとっても重要だけど、『存在と時間』においては特にそうなるわね だから、自分に合った出版社を選ぶことを推奨するわ」

川崎「へー!なんか色々教えてくれてありがと! とりあえず、色んな出版社を見比べてみることの大切さと「先駆」って言葉をちゃんと覚えて帰るとするよ!」

後日

先生「えーと、川崎… 次年度目的・抱負の宿題だがー、…この「先駆して生きる」っていうのはなんだ…?(困惑)」

〈つづく〉

 

〇プチ解説

ハイデガーの『存在と時間』は、「存在」というものを考察しようとした哲学書です。この「存在」というモノを考えるためには、「存在」を問うことのできる存在、即ち、人間という存在についてまずは考えようとします。そのことから、「存在」という概念を考察した本である一方、巧みな人間分析が考察されている名著という側面もあり、今日紹介した部分はその該当箇所になります。

 

参考文献

ハイデガー著 中山元訳『存在と時間』、光文社古典新訳文庫6巻、2019

戸谷洋志著『100分de名著 ハイデガー「存在と時間」』NHK出版、2022

池田喬著『ハイデガー『存在と時間』を解き明かす』NHKブックス、2021

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